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業務委託契約書締結のための詳細チェックマニュアル

 
本マニュアルは、業務委託契約書のドラフト作成および最終チェック時に、法務リスクや運用上の留意点を漏れなく確認するためのガイドラインです。なお、下請法の適用判断や知的財産権、報酬支払方法など、各項目は実務・取引の実態に合わせてカスタマイズすることが求められます。
  1. 契約締結前の事前準備と確認事項
1.1 業務内容と契約形態の明確化
  • 業務委託の目的の整理
    • 委託業務の具体的内容、業務の成果物、アウトプットの仕様、完成基準(検収基準)などを事前に明確にする。
    • 目的が「成果物の完成(請負)」か「業務遂行(準委任)」かを区別し、支払基準(納品・検収完了日か、期間経過か)を決定する。
      • ※例:動画制作の場合、完成品(納品・検収)により報酬が発生するのか、作業進捗に応じて段階的に支払うのかを検討する。
  • 契約形態の選定
    • 単発か継続的かで契約形式を決定する。
      • 単発の場合:1件の契約書または発注書で完結
      • 継続の場合:基本契約書+個別契約書(発注書、注文請書、メール等での記録を含む)
    • 請負契約と準委任契約の違い(民法632条、656条)を理解し、どちらの契約形態が実態に即しているか検討する。
1.2 下請法の適用判定とリスク管理
  • 相手先の事業規模・形態の確認
    • 資本金、従業員数、個人事業主か法人かなど、取引先の事業規模を事前に確認する。
      • プログラム開発や製造委託の場合:資本金3億円以下の場合、または個人事業主の場合、下請法の対象となる可能性が高い。
      • 情報成果物・役務提供の場合:資本金5千万円以下または個人事業主の場合が該当する。
    • ※下請法が適用される場合、発注側は以下の義務を負う:
      • 書面の交付・保存義務
      • 支払期日の厳守(原則として受領日から60日以内)
      • 一方的な代金減額、返品、買いたたきなどの禁止
1.3 個人情報や源泉徴収の対応
  • 個人情報の提供がある場合
    • 取引内容に個人情報の取り扱いが含まれる場合、個人情報保護法に基づく安全管理措置や、プライバシーポリシーとの整合性を確認する。
    • 別途NDA(秘密保持契約)を締結することも検討する。
  • 源泉徴収の要否
    • 受託者が個人の場合、報酬支払いにあたって所得税の源泉徴収が必要かどうか、事前に確認する。
  1. 契約書本体作成時の詳細チェックポイント
2.1 前文・契約の基本事項の確認
  • 契約タイトルと前文
    • 契約の目的、業務の範囲、当事者の名称および代表者の記載が正確か。
    • 目的部分で、委託業務の全体像が把握できるように、業務内容、取引範囲、期間などを明示する。
  • 適用関係の整理
    • 基本契約書、個別契約書、発注書等の関係性(優先順位、上位下位関係)を明確に記載する。
      • ※例:「本基本契約に定める事項に関しては、個別契約書の内容と矛盾する場合、本基本契約の定めが優先する」と明記する。
2.2 発注・個別契約に関する条項
  • 発注・承諾の成立方法
    • 口頭や電話での発注を避け、必ず書面(メール、PDF、発注書)により、双方の合意が記録されるようにする。
    • 受注後の返答期限(例:3営業日以内)や、返答がなかった場合の扱い(自動的に却下とみなす等)を定める。
  • 契約変更・キャンセルのルール
    • 発注後の仕様変更、数量の変更、キャンセルに関して、双方の合意書面を必須とする条項を設ける。
    • 下請法の観点から、発注後の一方的な変更(受領拒否、買いたたき)を防止するため、変更手続きや損害賠償の基準を明記する。
2.3 報酬・支払条件の明確化
  • 報酬発生条件の定義
    • 請負契約の場合:納品・検収の完了をもって報酬発生。検収基準や検収期間を具体的に定める。
    • 準委任契約の場合:業務遂行の進捗や期間経過に応じた支払条件とし、具体的な時間単位または月額単位の算出方法を明記する。
  • 支払サイトの設定
    • 支払期日が下請法の規定(受領日から60日以内)を遵守するように設定されているか確認する。
    • 「翌月末払い」など自社ルールとの整合性、報酬の一方的減額がないか、合意書面の必要性を明記する。
2.4 納入・検収に関する詳細
  • 納入方法と検収手続
    • 成果物の納品方法(データ送付、物品の引渡し方法等)、検収の実施方法、検収不合格時の再納品や修正依頼の手順を明記する。
    • 検収期間の設定と、検収の判断基準(合格・不合格の基準、数量不足や品質不良の対応)を具体的に規定する。
  • 納期遅延への対応策
    • 遅延が発生した場合の連絡方法、通知義務、遅延損害金の計算方法、責任分担などを定める。
    • 発注側と受注側それぞれの責任(例:発注者からの支給品の遅延が原因の場合の免責事項)も明示する。
2.5 知的財産権および所有権の取扱い
  • 成果物の所有権・著作権の帰属
    • 原則として、業務委託により得られたすべての情報、データ、成果物の所有権・著作権は発注者に帰属する旨を定める。
    • 具体的な条文例として、「納品日をもって、受託者から発注者に対し、成果物に関するすべての権利が譲渡される」と明記する。
  • 貸与資料の管理と返却
    • 業務遂行のために貸与した資料や機材について、利用範囲、複製の禁止、契約終了時の返却・廃棄の手続を定める。
2.6 瑕疵担保責任と保証条項
  • 瑕疵担保責任の明記
    • 納品物に瑕疵が発見された場合の修補方法、修補費用の負担、再検収の手続きなどを具体的に規定する。
    • 契約書内に「成果物に瑕疵があった場合、受託者は無償で速やかに修補する」という条項を明記する。
  • 第三者権利侵害の保証
    • 成果物の製作に使用する素材や技術が、第三者の知的財産権等を侵害していないことを保証する旨を記載する。
    • 万一、第三者から異議や請求があった場合の対応手順(速やかな解決、損害賠償の負担)も定める。
2.7 再委託に関する規定
  • 再委託の許可条件
    • 再委託を行う場合は、必ず事前に発注者の書面または電子的な合意を得ることを義務付ける。
    • 再委託先に対しても、契約と同等以上の義務を負わせ、受託者が連帯責任を負う旨を明確にする。
2.8 秘密保持および情報管理
  • 秘密保持の範囲と管理方法
    • 本契約および個別契約に関連して開示される情報の定義(秘密情報の具体例:技術情報、営業情報、取引情報等)を明示する。
    • 情報の保管方法、アクセス制限、第三者への開示禁止、違反時の損害賠償規定を詳細に規定する。
    • 契約終了後、または要求があった場合の返却・消去手続きも明記する。
2.9 契約期間、解除、業務中止の規定
  • 契約期間と更新
    • 契約の有効期間(例:1年間)および自動更新の条件、更新の際の通知期限を定める。
    • 基本契約と個別契約が異なる期間である場合、個別契約が残存する場合の取り扱いを明確にする。
  • 解除条項および中止条件
    • 双方が契約解除できる事由(重大な違反、不可抗力、相手方が反社会的勢力である等)を具体的に列挙する。
    • 解除時の処理(既に発生した業務に対する報酬支払い、成果物の権利帰属、解除後の協力義務)を詳細に定める。
  • 業務中止時の費用補償
    • 発注者の都合で業務が中止となった場合、これまでの作業実績に応じた補償方法や算定基準、支払方法を規定する。
2.10 損害賠償責任および免責条項
  • 損害賠償の範囲・上限の明確化
    • 双方が負う損害賠償責任の範囲(直接損害、間接損害、逸失利益など)を定め、上限額や免責事項を明示する。
    • 発注者側が一方的に賠償責任を負わないよう、具体的な上限設定や条件(例:故意・重過失の場合は除外)を規定する。
2.11 その他、重要条項の確認
  • 反社会的勢力の排除
    • 双方が現在および将来的に反社会的勢力と関係を持たないことを保証し、違反が認められた場合の即時解除条項を盛り込む。
  • 権利義務の譲渡禁止
    • 双方が、本契約に基づく権利や義務を第三者に譲渡する場合、事前に相手方の書面承諾が必要である旨を規定する。
  • 準拠法および管轄裁判所
    • 契約紛争時の解決手段として、日本法を準拠法とし、専属的合意管轄裁判所(例:東京地方裁判所または東京簡易裁判所)を定める。
    • また、紛争解決のための協議解決条項も明記する。
  • 存続条項
    • 契約終了後も、秘密保持、知的財産権、免責・損害賠償、権利譲渡禁止等の重要条項は存続することを明記する。
III. 詳細なチェックリスト(実務用)
以下は、契約書ドラフト作成後、最終チェックのためのリストです。各項目ごとに「確認済み」「要修正」などのステータスを付け、担当部署(法務、総務、現場担当者等)でレビューを行うことが望ましい。
  1. 契約書全体の基本情報
      • タイトル、前文、目的が明確であるか
      • 当事者(発注者、受注者)の名称、住所、代表者が正確に記載されているか
  1. 契約形態・業務内容
      • 請負・準委任のどちらの形態か明記されているか
      • 業務内容、成果物、検収基準、納期が具体的に記載されているか
  1. 下請法関連
      • 相手先の資本金・事業形態を踏まえた下請法の適用判定ができているか
      • 支払期日、発注書面の交付、変更・キャンセルのルールが下請法に準じているか
  1. 発注・承諾・変更手続き
      • 書面による発注・承諾の手続きが明記され、返答期限が設定されているか
      • 発注後の仕様変更、数量変更、キャンセル時の手続き・損害賠償基準が明記されているか
  1. 報酬・支払条件
      • 報酬発生条件(成果物の完成・業務遂行の進捗等)が明確か
      • 支払サイト(例:受領日または検収完了日から60日以内)が下請法に則っているか
  1. 納入・検収の手続き
      • 納品方法、検収手続き、再納品や修正の依頼方法が具体的に定められているか
      • 納期遅延時の対応、遅延損害金の算定方法が明記されているか
  1. 知的財産権・所有権
      • 成果物に関する知的財産権、著作権の帰属および譲渡時期が明示されているか
      • 貸与資料の管理方法と契約終了時の返却・廃棄手続きが規定されているか
  1. 瑕疵担保・保証
      • 成果物の瑕疵担保責任、修補対応の手続き、費用負担の分担が具体的に記載されているか
      • 第三者権利侵害に対する保証および対応手続きが定められているか
  1. 再委託
      • 再委託に関する事前承諾、再委託先の連帯責任が明記されているか
  1. 秘密保持
      • 秘密情報の定義、管理方法、第三者開示禁止、違反時の措置が明確か
      • 契約終了時の秘密情報の返却・消去手続きが定められているか
  1. 契約期間、解除、業務中止
      • 契約期間、有効期限、更新条件が明記されているか
      • 解除事由、解除手続き、解除時の成果物および未履行業務の取り扱いが規定されているか
      • 業務中止時の費用補償、算定基準、支払方法が明記されているか
  1. 損害賠償、免責、その他の条項
      • 損害賠償責任の範囲、上限、免責条件が具体的に規定されているか
      • 反社会的勢力排除、権利譲渡禁止、準拠法、管轄裁判所、存続条項が明記されているか
  1. 付録:サンプル条文例
以下は、各項目でよく用いられる条文例の一部です。実際の契約書では、事業内容や取引の実態に合わせて文言を調整してください。
  • 報酬支払条項例「本件成果物の納品および検収完了後、受領日から起算して60日以内に、契約書に定める報酬を支払うものとする。ただし、書面による合意がある場合を除く。」
  • 知的財産権譲渡条項例「本件業務の遂行により作成されたすべての成果物に関する著作権その他一切の権利は、納品日をもって受託者から発注者に譲渡されるものとする。なお、これに付随する著作者人格権については、受託者は一切主張しないものとする。」
  • 解除条項例「各当事者は、相手方が本契約に定める義務に違反し、相当期間内に是正がなされない場合、何らの催告を要せず、本契約を解除することができる。解除に際しては、解除日までの業務遂行状況に応じた報酬を別途協議の上決定する。」
まとめ
このマニュアルは、業務委託契約締結時における【契約の目的・業務内容の明確化】、【下請法への対応】、【発注・承諾・変更手続き】、【報酬・支払・検収条件】、【知的財産権・秘密保持】、【解除・損害賠償】など、全体の流れと各細部の条文検討のポイントを詳細にまとめたものです。各項目ごとに、具体的な内容や文言例、実務上の注意点を十分に検討し、各部署間での確認・合意を経た上で契約書を完成させることで、後々のトラブル発生リスクを低減できます。
本マニュアルをもとに、実際の取引や業務フロー、法令改正の動向に応じた更新を行い、最新の運用状況に合わせた契約書管理体制を構築することをお勧めします。